「手につかない」というときのルーティーンがあったほうがよいだろう。それを探すことで、無理矢理にでもことを前に進めることができるような感じのやつ。書くのがよいのか。たばことかなのか。筋トレか。本を読むか。そこらへんのすべてができないことがあるので、よりハードルが低いことを考えなければならない。案外、勉強とかかもしれない。ただ、建築の勉強は厳しい気もする。英単語や韓国語とか?建築の構造の計算とかもまあありそうではある。構造の勉強したくなってきた。あとは環境設備分野の計算も。そういう細かい作業てきなことかもしれない。準備してみよう。建築の知識関係、けっこういけるかもしれない。批評的な文章がやはりしんどくなることはあるが、建築の知識や写真や図面はいつでも見れる。やはりそこに立ち返るんだろう。さて、仕事しよう。 ゲンロンカフェで千葉雅也、荘子it、福尾匠のトークイベントを見た。作品か保存かというところの話が面白かった。自分はやはり作品とは言い切れず、保存に執着する気持ちがよくわかる。「文」の恐ろしさについての千葉さんのこだわりはすさまじく、迫力のようなものを感じた。「空間」の恐ろしさについては自覚的にならねばならない。