山田紗子『パラレル・チューンズ 山田紗子作品集』、TOTO出版、2026 を読む
朱色の表紙に紫がかった箔押し?でとてもかっこいい。
今週末の日曜に展覧会に行くつもりだが、先に本を読むのはよい順番だろうか。なんとなく、本展覧会はそれでも大丈夫な気がするので読む。
>予定調和の旋律ではない、和音も不協和音も同時に響く、ポリフォニーとして世界を描きたい。
>そんな世界を肯定しようと、ドローイングを描く。
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>p10
ポリフォニーを描くためのドローイングということか。
>風景の中に埋もれた輪郭を掬い上げ、その線の抑揚を自分のものにしたく、なぞりつけた。
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>p11
写真の上に線を重ねる。鈴木理策の作品群を思い起こした。
>それぞれのものが空間に積極的に働きかけることは難しく、ものと場、ものと人との交流可能性は少ない。それはとても勿体ないことのように感じる。
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>p11
pp58-59のコラージュを見る。様々な色のものが並び、少しかすんだ色とテクスチャーの画像データをデフォルメしたような塗りもある。赤い柱が天井と床に反射するようなうっすらとした塗りがみえる。複数の消失点があり、視線は滑るように動いてしまう。
対談部分を読んでいるが、あまり頭に入ってこない。日をまたぎ、単に眠いだけかもしれない。しかし、写真はけっこうするりと入ってくる。
物がたくさん置かれている空間をどう肯定できるか。
金田さんとの対話でスケールの話がでてきて、自分が考えられるとしたらこの話しかないかなと思った。
正直なところ、山田さんの建築について自分は語る言葉を持っていないようなきがしている。良し悪しがわからないし、そもそも良し悪しでかたることでもないような気もしている。しかし、良し悪しをひとまず語らねば先に進めないような気もする。
個人的には「今」の建築業界という状況ではすごく良い建築だと万博では思った。というかそれ以外の作品を見ていないのでわからない。
万博でよいと思ったのは不思議と高い屋根(といっていいのか?)の下で自由に過ごすひとたちの姿を見て、思った。が、なんとなくほかのパビリオンとかとの比較であってそれ自体を認識できている気はしない。
とりあえず、この感じのまま展覧会いってみよう。