さて、日記も二日目になった。やはり日記はよい。物事を整理しつつ、次へのドライブになる。
今日は、朝スカルパのスケッチをトレースしてみたが、まだその感覚的なところはよくわからない。フリーハンドでトレースすると意識せざるを得ないのがプロポーションだ。つまり測ることができないので目を移しながら描くということで、手本から目を外して描くことになる。すると、一度短期記憶せざるを得ないので、少なからず海馬を通り過ぎることになる。これがおそらく身体的な記憶になっていくのだろう。続けてみよう。
LLMの記号接地の話をyoutubeできいていて、画像生成AIの記号について少し思いを馳せた。そもそも、ピクセルをうめていくだけの作業で記号なぞあるようで無い。ところが、プロンプトはある種記号として認識しているから、使っているともいえるのか。はて、記号みたいな話になってくるとかなりややこしい。もうすこし別の角度から検討するならば、イリュージョンを考えるとよいのかもしれない。ジャッドが批判したような絵画のイリュージョンは画像生成AIにおいてはかなり顕著で、知覚を肯定することができないと言えるのかもしれない。
OMA/AMOがやったマルジェラのコンテナショーウインドウon the road(リテラルにかつ巡業という意味でも)みたいなやつおもしろかった。
記事:[shipping containers frame maison margiela's shanghai exhibition by OMA / AMO in china](https://www.designboom.com/design/shipping-containers-maison-margiela-shanghai-exhibition-oma-amo-china/)
レムのアイデアなのかは知らんが、やっぱうまいなぁ。規格化された物流それ自体をショーウィンドウにして巡業させてしまうということ。それは、ファッションに対する批評にもなっていて...
とまあ、そういう企画と批評と建築が一体になったようなことができたらいいし、それがかっこよかったらなおのこと良い。
だいぶ遅れてobsidianを使いはじめたが、タグに階層つけられるのか、と気づいた。つまり、セミラティスにできるってこと?アレグザンダーが喜びそう。